①02.ありがとう おかげさま
1人のひとがこの世に生まれてくるには、必ず2人のひとが必要です。それは1人の男性と1人の女性と言った方が良いかもしれません。どんなひとにも、この世に生まれるための無くてはならないご縁として、必ず2人の産みの親がいるのです。
私という1人には、父母という2人のひとと、祖父母という4人のひとがいます。そしてまた、4人の祖父母にも同じように父母がいたことを思うと、私には8人の曾祖父母(そうそふぼ)がいるということになります。
4人の祖父母であれば、生活を共にしたことがあったり、年に何度か会う機会があったり、写真に遺されていたり、どんなひとだったかを聞いていたり、名前くらいは分かるといった人もいるでしょう。
しかし、8人の曾祖父母となると、その像はかなりぼやけてしまうのではないでしょうか。
その8人の曾祖父母にも、必ず父と母とがいます。8人の曾祖父母が生まれるためには、16人のひとたちがいるのです。このひとたちを高祖父母(こうそふぼ)と言うそうです。
その16人のひとたちが生まれる先にも、32人のひとたちがいたはずです。5代先にもなると、もう「ご先祖さま」と言ってもよいくらいでしょうか。
ここまでくると余程の伝説的な人物でもなければ、記録に残っているということもありません。どんな名前で、どんな姿で、どんな人生を送ったかなんて、なかなか伝えられることはありません。そんなものだと思います。
英語で言われる「thank you」は、日本語で「ありがとう」です。その日本語の語源は「あることが難しい」という意味です。これまでに生きていた人の、誰かひとりがいなかったとしても、私たちは生まれていません。たまたまに、あることが難しい中で、現にいま確かにある、私たち一人ひとりなのです。私たちが今生きていることは当たり前なことではありません。ありがたいことなのです。
32人のご先祖さまでそのつながりが止まることはなく、その先には64人。その先には128人。その先には256人。そのまた先には512人のご先祖さまがいます。更に過去へとさかのぼっていくなら、倍々になってご先祖さまの数は増えていきます。それは果てしなくつながっていき、永遠にひろがっていきます。
どのご先祖さまの1人がいなかったとしても、今ここにいる私は生まれてきません。今ここにいる私は、永遠のいのちのつながりの中に生まれてきた、たった1つのいのちなのです。
永遠のいのちのつながりの先に、私たち1人1人が、今ここに生きています。いのちのひとつひとつは、遡ればすべてがどこかで、つながっています。
thank youの「you」を、誰か特定の個人に対してではなく、あらゆるすべての命を示す「you」として捉える感覚が、日本人にはあるようです。
この命のつながりの中に、奇跡的に生まれて、今生きている私の存在が「ありがたい」。どんな人も、非常に稀な存在であるということです。かけがえないひとなのです。
日本語で他者に向けて感謝を表現する言葉には「おかげさま」というものもあります。
この言葉の語源は「目には見えない、けれども影のようにしてあるさまざまな力が働いている」ということです。目には見えない様々な力が、直接的にも間接的にも働いていることによって、わたしたちが存在しているということです。
日本語の用法には、主語と目的語が曖昧にされることが多いという特徴があります。英語では「I LOVE YOU」というように、誰が誰に対してということをはっきり示して伝えられますが、日本語では、ただ一言「あいしてる」です。
日本語の「おかげさま」という言葉も、そうしたニュアンスがあります。誰かが何かを自分にしてくれたから「おかげさま」というのだけではなく、すべてに向けて「おかげさま」という言葉を用いるのです。永遠のいのちのつながりへの、無条件の感謝の心がそこに示されています。
永遠のいのちのつながりは、すべての生命の根源であると言い換えられるかもしれません。生命の根源から、私たちが日々生活するためのエネルギーである、さまざまな食料も生まれてきます。
肉や魚だけではなく、米や麦や野菜も生命です。全ては同じ根源から生まれてきた、一つひとつの生命であると、日本人は伝統的に受け取ってきたのです。
日本語では、食事をする前に合掌して「いただきます」と言います。この言葉は「他の生命をいただくことで私の生命があります」という意味です。
食事を残したり、食材を無駄にしたりすることを「もったいない」と言います。これは、生まれてきた大事な生命を無駄にしてはいけないという戒めの言葉であり、全ての生命に対する謙譲の姿勢を表す言葉です。
手塚治虫『ブッダ』4巻 P359(潮出版社)
全てのいのちはつながっていて、
私たちの一人ひとりはかけがえなく
何一つなくてはならない命です。
日本人の祖先となる人々は、
そのことを自然に感じて
大切にしていたのでしょう。
仏教はそのことを、いまも私たちに伝えようとしているのでしょう。
現代に生きる私たちが、つい忘れがちになるけれども決して忘れてはいけない、
とても大事なことだと思います。
① 日本のスピリチュアリティ
02. ありがとう おかげさま
② 仏の教えと大乗思想
③ 聖徳太子の仏法
01. 日本のお釈迦さま
02. 信と礼と和の理想
03. 世間虚仮 唯仏是真
④ 親鸞聖人が伝える信心
01. 仏法僧の3つの宝
02. 信と真と心のプラサーダ
03. 俗にそまらず 悟りすまさず
⑤ 南無阿弥陀仏を聞く