①04.彼岸からの光
日本には世界的にみても珍しいと言われる、天文学に基づいて年ごとに日にちが決められる国民の休日があります。それは、1年に春と秋との2回訪れる、昼の時間と夜の時間の長さが等しくなる日。
春分の日と秋分の日です。
太陽は地球上のどこであっても東の方角から昇り、西の方角へと沈むものですが、日の出と日の入の位置は日ごとに少しずつずれていき、1年の周期で巡ります。そして、春分の日と秋分の日には、真東から陽が昇って真西へと陽が沈むのです。
日本ではこの日を「彼岸の中日」といい、その日の前後3日ずつを合わせた1週間を「お彼岸」と言って親しんできました。1年に2回ある季節の節目の期間が「お彼岸」です。春は「春彼岸」、秋は「秋彼岸」として、古来より日本人はこの時期を大切にしてきたのです。
この彼岸という言葉には、仏教的な由来があります。まず、古代インドの言葉であるサンスクリット語の「PARAMITA(パーラミター)」という言葉が、中国に伝わって「到彼岸」と訳されました。
元々のパーラミターは「彼岸に到達する」という意味になります。この言葉には、修行を完成して悟りの境地である「涅槃」に達するという意味が含まれています。この涅槃の境地が場所的に例えられて、彼岸すなわち「かなたの岸」と表現されているのです。
大乗仏教の浄土教典には、西の方向に極楽浄土という仏の国があると記されていますので、彼岸とは仏が主として在るところを示します。夕陽の沈む西の方向に、すべての命の帰る故郷があると、太古の昔から感じ取ってきた日本人にとって、真西に太陽が沈むその時期は、仏の世界が一層近くに感じられるのです。
彼岸に対する言葉は「此岸」です。それは「こちらの岸」という意味であって、私たちの生きている今ここの世界です。極楽浄土の意味が「極めて楽な浄らかなところ」であるのに対して、此岸が示すのは「娑婆世間」です。それはすなわち「苦しみや悩みの多い煩わしいところ」という意味になります。
娑婆から仰ぎ見る極楽がどんなに素晴らしいところであっても、遥か彼方に隔てられたその場所に、私たちは到底たどり着くことができません。私たちの世間を遥かに超越したその世界に行くには、人間の苦しみの原因である煩悩を、完全に取り払わなければいけないのです。悟りの世界には、そう簡単に到達することが出来ません。
それ以前に、煩悩の世界に生きるより他にない私たちにとっては、その世界のあることに気づくことさえ出来ないのです。此方(こちら)と彼方(あちら)ではあまりにも距離を隔てて離れているからでしょうか?私たちは日頃、彼岸に向かおうともせず、ただ此岸で日々を忙しく生きるばかりです。
永遠の生命の根源でもあるといわれるのが「極楽浄土」すなわち彼岸です。その聖なる場所からは遠く離れたところに生きるしかないのが、「娑婆世間」という此岸に生きる私たちです。ただ此岸より遠く仰ぎ見ることしかできないのが彼岸なのです。
けれども彼岸から放たれる永遠の光は、私たちのところにまで確かに届き、私たちを照らしています。いつでもどこでも誰にとっても、その光の届かないことはありません。此方から見ると彼方は遠く離れて見えますが、彼方から見るなら、此方はすぐそばにあるのです。
彼岸から放たれる光は、いつもいまここの此岸に届いています。いつでもどこでも私たちのすぐそばに、彼岸の光があるということです。彼岸から見るなら、彼方も此方もただ一つなのです。
苦しみと楽しみの両方があるのが、私たちの生きる此岸です。善悪や損得や勝ち負けや生死の二つに分かれるこの世界です。それに対する彼岸とは、永遠の光と命に満ち溢れた、一つの心の世界だと仏教には示されます。苦楽や生死などを超越した、ただ一つの心の境地です。
それこそが仏の境地です。
亡くなられた人々は、仏に導かれて、此岸を渡り彼岸に往き、仏と一つに成られているのだと、日本人は考えてきました。そして、ただ遠い彼岸に行ってしまっただけではなく、いつもこの此岸を照らしてくれているのだと信じてきました。
ご先祖様方は、仏様と一緒に私たちを見守ってくれていると感じてきました。
私たちは、冬の間「寒すぎる。早く暖かくならないものか」と言って、そしてまた夏の間は「暑すぎる。早く涼しくならないものか」と言って、言っても仕方がない愚痴を言いながら日々を過ごしています。
夏は暑いものですが、少しずつ夜の時間の方が長くなって、自然と涼しくなってきます。冬は寒いものですが、少しずつ昼の時間の方が長くなって、自然と暖かくなってきます。ずっと暑いままでもなく、ずっと寒いままでもなく、自然と季節が巡って1年が過ぎていくのです。
1年に春と秋との2回ある、昼の時間と夜の時間の長さがほぼ同じ期間が、お彼岸です。
暑すぎず寒すぎず、ちょうどよい気候のこの時期に、西の方向に向かって沈む夕陽に向かって、心静かに手を合わせる。古来からこの地に伝わる習慣が、お彼岸です。
日本の伝統では、この彼岸の期間にお墓参りをして祖先をうやまい、亡くなられた方々を偲びます。
日々を慌ただしく過ごす私たちにとって、心静かに手を合わせる大切な機会が、お彼岸なのです。
① 日本のスピリチュアリティ
01. 日本人の仏教観
02. ありがとう おかげさま
03. 仏と一つに成る
04. 彼岸からの光
② 仏の教えと大乗思想
③ 聖徳太子の仏法
01. 日本のお釈迦さま
02. 信と礼と和の理想
03. 世間虚仮 唯仏是真
④ 親鸞聖人が伝える信心
01. 仏法僧の3つの宝
02. 信と真と心のプラサーダ
03. 俗にそまらず 悟りすまさず
⑤ 南無阿弥陀仏を聞く